海角七号

君の幸せ（しあわせ）な未来（みらい）図（ず）を想像（そうぞう）して、涙（なみだ）が出（で）そうになる。
でも、僕の涙（なみだ）は潮風（しおかぜ）に吹（ふ）かれて、溢れる（あふれる）前（まえ）に乾い（かわい）てしまう。
涙（なみだ）を出（で）さずに泣いて、僕は、また老け込ん（ふけこん）だ。
憎らしい（にくらしい）風、
不思議（ふしぎ）なステップを踏（ふ）みながら、踊（おど）っているようで、
怒（おこ）った身振り（みぶり）、激しく（はげしく）軽やか（かるやか）な笑い声（わらいごえ）。
友子。
その時（とき）、僕は恋（こい）に落ち（おち）たんだ。
3＜各自远颺＞
強風（きょうふう）が吹（ふ）いて、台湾（たいわん）と日本（にほん）の間（あいだ）の海に、僕を沈め（しずめ）てくれば良い（よい）のに。
そして、
君が永遠（えいえん）に幸せである事（こと）を、祈って（いのって）います。
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これが最後（さいご）の手紙（てがみ）だ。
後（あと）で出（だ）しに行くよ。
海に拒まれ（こばまれ）た僕たちの爱。
でも、思うだけなら許され（ゆるされ）るだろう。
友子、僕の思いを受け取って（うけとって）おくれ。
そうすれば、少し（すこし）は僕を許す（ゆるす）ことができるだろう。
君は一生（いっしょう）僕の心の中に居る（いる）よ。
あの眩しい（まぶしい）太陽（たいよう）が懐かしい（なつかしい）。
暑い（あつい）風（かぜ）が懐かしい（なつかしい）。
まだ覚え（おぼえ）ているよ。
君が赤蟻（あかあり）に腹（はら）を立てる（たてる）様子（ようす）。
笑（わら）っちゃいけないって分かってた。
でも、赤蟻（あかあり）を踏む（ふむ）様子（ようす）がとても綺麗（きれい）で、
覚え（おぼえ）てる？
君はまだ中学（ちゅがく）一年生（いちねんせい）だった頃（ころ）、
天狗（てんごう）が月を食う（くう）農村（のうそん）の伝説（でんせつ）を引（ひ）っ張り（ばり）出して、月食（げっしょく）の天文（てんもん）理論（りろん）に挑戦（ちょうせん）したね。
君に教え（おしえ）ておきたい理論（りろん）がもう一つ（ひとつ）ある。
7＜彩虹＞
友子。
無事（ぶじ）に上陸（じょうりく）したよ。
七日（か）間（かん）の航海（こうかい）で、戦後（せんご）の荒廃（こうはい）した土地（とち）にようやく立てたというのに、
海が懐（なつ）かしいんだ。
海はどうして、希望（きぼう）と絶望（ぜつぼう）の両端（りょうたん）にあるんだ？
2＜奇幻的舞朵＞
三日目（みがめ）。
どうして君のことを思わないでいられよう。
君は南国（なんごく）の眩しい(まぶしい)太陽（たいよう）の下で育った（そだった）学生（がくせい）。
僕は雪（ゆき）の舞う（まう）北（きた）から 海（うみ）を渡（わた）ってきた教師（きょうし）。
僕らはこんなにも違うのに、何故（なぜ）こうも惹かれ(ひかれ)あうのか？
5
夜（よる）が明けた（あけた）。
でも、僕には関係（かんけい）ない。
どっちみち、太陽（たいよう）は濃い（こい）霧（きり）を連れ（つれ）てくるだけだ。
夜明け（よあけ）前（まえ）の恍惚（ここつ）の時（とき）、年（とし）老い（おい）た君の優美（ゆうみ）な姿（すがた）を見たよ。
僕は髪（かみ）が薄く（うすく）なり、目も垂れ（たれ）ていた。
結婚（けっこん）して子供ができても、
人生（じんせい）の重要（じゅうよう）な分岐点（ぶんきてん）に来る（くる）度（たび）、君の姿（すがた）が浮かび（うかび）上がる（あがる）。
重い（おもい）荷物（にもつ）を持って（もって）家出（いえで）した君、
行き交う（かう）人混（ひとこん）みの中に、ぽっつんと佇む（たたずむ）君。
4 <给女儿>
夕方（ゆうがた）、日本海（にほんかい）に出（で）た。
昼間（ひるま）は頭（あたま）が割れ（われ）そうに痛い（いたい）。
今日（きょう）は濃い（こい）霧（きり）がたちこめ、昼の間（ひるのあいだ）、僕の視界（しかい）を遮った（さえぎった）。
でも、今（いま）は星がとても綺麗だ。
友子。悲しい味（あじ）がしても食べ（たべ）ておくれ。
君には分かるはず。
君を捨て（すて）のではなく、泣く泣く手放（はな）したということを。
皆（みな）が寝て（ねて）いる甲板（かんばん）で、低く（ひくく）何度（なんど）も缲り返す（くりかえす）。
舍てたのではなく、泣く泣く手放したんだと。
友子、許し（ゆるし）ておくれ、この臆病(おくびょう)な僕を。
二人（ふたり）のことを決して（けっして）認（みと）めなかった僕を。
どんなふうに、君に惹かれ(ひかれ)るんだったっけ。
君は髪（かみ）型（かた）の規則（きそく）も破る（やぶる）し、よく僕を怒（おこ）らせる子（こ）だったね。
友子
君は意地（いじ）張り（ばり）で、新しい（あたらしい）物（もの）好き（ずき）で、
でも、どうしょうもないぐらい君に恋（こい）をしてしまった。
だけど、君がやっと卒業（そつぎょう）した時（とき）、僕たちは、戦争（せんそう）に敗れ（やぶれ）た。
僕は敗戦国（はいせんこく）の国民（こくみん）だ。
貴族（きぞく）のように傲慢（ごうまん）だった僕たちは、一瞬（いっしゅん）にして、罪人（ざいにん）のくび枷（かせ）を科（か）けられた。
君は、今見ている星の光が、
数億（すうおく）光年（こうねん）の彼方（かなた）にある星から放たれ（はなたれ）てるって知ってるかい？
わぁ～、
数億光年前（すうおくこんえんまえ）に放たれ（はなたれ）た光が、今僕たちの目に届（とど）いているんだ。
数億年前、台湾と日本は一体（いったい）どんな様子（ようす）だったろう。
友子、無能（むのう）な僕を許し（ゆるし）ておくれ。
6
海上（かいじょう）気温（きおん）16（じゅうろく）度（ど）、風速（ふうそく）12（じゅうに）節（せつ）、水深（すいしん）97（きゅうじゅうなな）メートル
海鳥（うみとり）が少し（すこし）ずつ見えてきた
明日（あした）の夜（よう）までには上陸（じょうりく）する
そうすれば、臆病（おくびょう）な自分（じぶん）を 持て（もて）余（あま）さずに済む（すむ）のに。
友子。
ただ数日（すうじつ）の航海（こうかい）で、僕はすっかり老け（ふけ）込ん（こん）でしまった。
潮風（しおかぜ）が連れて（つれて）くる泣き（なき）声（こえ）を聞いて（きいて）、
甲板（かんばん）から離れ（はなれ）たくない、
君はそんなにも静かに立っていた。
冷静（れいせい）に努め（つとめ）た心が一瞬（いっしゅん）熱（ねつ）くなった。
だけど、心の痛み（いたみ）を隠し（かくし）、心の声を飲み（のみ）込んだ（こんだ）。
僕は、知っている。
思慕（しぼ）という低俗（ていぞく）の言葉（ことば）が、太陽の下の影（かげ）のように、
追え（おえ）ば逃げ（にげ）、逃げれば追われ、一生（いっしょう）???。
君を忘れ（わすれ）た振り（ふり）をしよう。
僕たちの思い出（で）が、渡り（わたり）鸟のように、飛び（とび）去った（さった）と思い込もう。
君の冬は終わり（おわり）、春が始（はじ）まったと思い込もう。
本当にそうだと思えるまで、必死（ひっし）に思い込もう。
友子
台湾のアルバムを君に残し（のこし）てきたよ
お母さん（おかあさん）の所（ところ）に置（お）いてある
でも、一枚（いちまい）だけこっそりもらって来た（きた）
君が海辺（うみへん）で泳い（およい）でいる写真（しゃしん）
写真の海は風もなく雨もなく
そして君は、天国（てんごく）にいるみたいに笑（わら）っている
山は山、
海は海。
でも、そこには谁もいない。
僕は星空（ほしぞら）が見たくなった。
虚（みつ）ろやすいこの世（よ）で、永遠（えいえん）が見たくなったんだ。
台湾で冬（ふゆ）を越す（こす）ライギョの群れ（むれ）をみたよ。
僕はこの思いを一匹に託そう（たくそう）。
漁師（りょうし）をしている君の父親（ちちおや）が、捕まえ（つかまえ）てくれることを願って。
お金（かね）を貯めて（ためて）やっと買った（かった）白のメリヤス帽（ぼう）をかぶって来た（きた）のは、
人混みの中で君の存在（そんざい）を知らしめる為（ため）だったのかい？
見えたよ。
僕には見えたよ。
君は、静か（しずか）に立って（たって）いた。
七月（しちがつ）の激しい（はげしい）太陽（たいよう）のように、それ以上（いじょう）直視（ちょくし）する事（こと）は出来（でき）なかった。
1＜时代的宿命＞
1945年（せんきゅうひゃくよんじゅうごねん）12月（じゅうにがつ）25日（にじゅうごにち）。
友子、太陽(たいよう)がすっかり海（うみ）に沈んだ（しずんだ）。
これで、本当に（ほんとうに）台湾（たいわん）島(ど)が見（み）えなくなってしまった。
君（きみ）はまだあそこに立（た）っているのかい？
君の未来が誰の者（もの）でも、君に見合う男なんていない
美しい（うつくしい）思い出（で）は大事（だいじ）に持って（もって）こようと思ったけど、
連れて（つれて）来れ（これ）たのは同じ（おなじ）さだけ。
思うのは君のことばかり。
あ、虹だ。
虹の両端（りょうはし）が海を越え（こえ）、僕と君を、結び（むすび）つけてくれますように
寝（ね）たくもない。
僕の心は决まった（きまった）。