日本语考试1级读解文法
日本语一级文法(付加)
日本語一級文法(付加)1. ~(は) 言うに及ばず前项自不待言,甚至后项也。
女性は言うにおよばず、男生も化粧をするようになってきた。
女性不用说了,连男的也开始化起妆来了。
2.~いかにも~そうだ/らしい/ようだ简直太像。
帰国する日にパスポートをホテルに置き忘れてくるなんて、いかにも彼のやりそうなことだ。
竟然在回国那天把护照忘在宾馆里,这太像他的性格了。
3. ~(は) 言わずもがな(1)。
不说为好無用なことは言わずもがなだよ。
废话还是少说为好。
(2) 前项自不待言,甚至后项也。
跟~( は) 言うに及ばず意义用法相似。
子供は言わずもがな、大人までもこの新しいゲームに夢中になっているそうだ。
据说不仅是孩子们,连大人们也喜欢这个新上市的游戏软件4.~思いをする表示抒发内心感受,“我觉得。
”嫌がらせを言われたら、誰でも不快な思いをするだろう。
说些让人讨厌的话,换做谁都会不开心的吧。
5.~かいもなく/~かいがあって(1)~かいもなく——白费,一场空必死の練習のかいもなくオリンピックの代表選手に選ばれなかった。
玩命地练习换来一场空,结果还是没有入选奥运参赛选手。
(2)~かいがあって——没有白费,有价值努力したかいがあって、無事に大学院に進学した。
没有白努力,总算考上了研究生。
6.~くらい(ぐらい) なら(1) 与其。
不如。
そのパソコン、捨てるぐらいなら、私にください。
那台电脑,与其当废品扔了不如给我吧。
(2) 连本不该出现的前项都出现的话,更何况后项先生がわからないぐらいなら、学生の私に分かるはずがない。
连老师都不懂的话,作为学生的我不可能懂。
7.~ことだし陈述后项的理由,多口语敬语皆さんお帰りになったことだし、そろそろ会場を片付けましょう。
因为大家都回家了,我们也该收拾下会场了。
8. ~ずじまいだ终于没有能够有名な観光地の近くまで行ったのに、忙しくてどこへも寄らずじまいだった。
虽然到了著名旅游胜地,但工作太忙,最终没能看上一眼。
2007年日语能力考试1级读解文法
2007年日语能力考试1级读解文法読解問題Ⅰ次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。
答えは、1・・2・3・4から最も適当なものを一つ選びなさい。
人の会話というのは、言葉としては案外成り立っていないことが多い。
ずっと昔、母親と話をしていてそう痛感したことがある。
たとえばの話。
私が母に「このあいだより太ったみたいだけれどどうしたの」と訊く、すると母は「服を買いにいったら大きなサイズの店にいけと言われて腹がたった」と続ける。
「甘いものを食べすぎなんじゃないの」と私が言うと、「どこそこの店の大福を買ったらまずくて食べられたものじゃなかった」と母は言う。
このように書き記してみれば、会話としてまったく成り立っていない。
(注1)双方が双方の思うままを口にしているだけである。
私はこの母とよく(注2)口論になった。
この「①思うまま会話」がどんどん進んでいくと、最後に決まって母は「小説なんか書いてないで結婚したらどうか」という方向に結論づけ、「あなたが太った話がなぜ私の結婚問題に結びつくのか」と①私が(注3)突っかかり、口論になるわけである。
この口論だってもちろん、会話としては成り立っていない。
その都度、「母に私の言葉は通じないのだ」と腹立ち紛れに思ったものだしかしひょっとしたら、通じないと決めつけた私は、会話というものは「相手の言うことを耳で聞き、順った。
繰りに理解する」はずだと信じていたのかもしれない。
信じているふうに会話が進んでくれないことに、(注6)苛立っていたのかのしれない。
そういえば、「私の話をちゃんと聞いているのか」と、話の途中で幾度も言ったことを今、思い出した。
③あれは、「耳で聞いたことを順繰りに理解しているのか」と、自分の信じるところを訴えていたんだなあ。
言葉というものは使う人によって、温度も色合いも違う。
もしこれが統一されていれば、順序だてて理性的に会話をせずとも、誤解や勘違いやすれ違いはまったくなくなるのではないか。
一级短文読解
一級短文読解(01)すべてが現金で支払われた昔は、お金との別れを惜しむ余裕がある。
汚いお札とは簡単に別れられたが、手の切れるようなパリパリの新しいお札と別れるときはちゃんとした儀式が必要だった。
(中略)払うのは代価なのだから惜しいと思うのは間違いだといった。
それを訂正するつもりはない。
だが、払いをするとき、悔しいと思うことがないわけではない。
【問い】1)筆者によると、新しいお札で払う時に比べて、時間が{1.かかる2.かからない}。
2)筆者は、何かの支払いをするとき、今までに悔しいと思ったことが{1.ある2.ない}ようだ。
惜しむ(おしむ)【動】感到惋惜余裕(よゆう)【名】富余汚い(きたない)【形】肮脏的儀式(ぎしき)【名】仪式札(さつ)【名】牌子払う(はらう)【動】支付悔しい(くやしい)【形】感到懊悔的問う(とう)【動】问1.つもりはない:~したくない2.わけではない:~はずがない并不是……3.ないわけではない:也并非不是……以前什么都用现金支付,掏出钱总会舍不得。
如果是张旧钱还好,要是张崭新的钞票可就更舍不得出手了。
(中略)认为付钱是有代价的所以很珍惜是不对的。
我没有打算反对这一观点。
不过,在付钱的时候并不是没有后悔过。
1)筆者によると、新しいお札で払う時に比べて、時間が{1.かかる2.かからない}。
对于笔者来说,和花新票子的时候相比,要费时间(因为他并不愿花新票子。
)2)筆者は、何かの支払いをするとき、今までに悔しいと思ったことが{1.ある2.ない}ようだ。
笔者,在掏钱的时候,就是到现在为止,也略感后悔(就是:后悔的感觉不是没有)答え:1)12)1一級短文読解(02)人間は生まれてから沈黙の期間が約一年間あります。
その間に周りの人たちの話すことばをことばとして認識し始めます。
そして、その後、物事とことばの対応からことばを次第に身につけ、次に、状況に合わせて自分から決まり文句や二語文を言い始めます。
2005年日语能力考试1级真题-读解文法
2005年日语能力考试1级真题読解・文法(200点 90分)問題Ⅰ 次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。
答えは、1・2・3・4から最も適当なものを一つ選びなさい。
来世紀に向けて、個人レベルであれ地域祉会・地球規模であれ、科学技術の進歩ゆえに いっそう複維になっていく問題に対して、個人が判断しなくてはならない局面が増えていくことだろう。
その時に自分なりに納得のいく判断を下すためには、科学に無関心・無理 解を決めこんだ(注1)りせず、ふだんかち科学に日を向け、科学的な考え方にふれている必要があるだろう。
つまり、①科学と社会を結びつける良質の情報が必要なのである。
その情報は自分の行動に役立てるために受信するだけではなく、場合によっては、自ら責任ある発信者となるために役立てることも大切である。
残念なことに、科学者がもたらした成果は、そのままでは判断材料としては②役に立たないことが多い。
まず、専門用語ゆえに科学はとりつきにくい。
科学が高度になり細分化したために、領域が異なれば科学者でも理解が困難な状況になってしまっている。
良質の情報は優れた③表現能力をともなわなくてはならないが、実際のところ、研究に専念している科学者には時聞的余裕がなく、そうした表現能力を磨くいとま(注2)ないのが普通である。
も一方で、④科学者にも良質の情報が必要である。
科学者は何かしら新しいことを世界に先駆けて発見・発表することに熱中するものである。
その結果が化学・生物・核兵器の開発に加担する(注3)ことはないか、あるいはわれわれの生活ないしは地球という生態系(注4)に思いもよらぬ影響を与えることがないかに思い(注5)を馳せる機会は、必ずしも多くはない。
⑤こうした点に関して、科学者は外部から指摘される必要がある。
( ⑥ )、最先端の科学の研究成果とその社会的意味を科学に慣れ親しんでいない人に、また杜会的意味については科学者に対しても改めて説明する人材、つまり科学の"インタープリター"が必要となる。
日语能力考试1级文法对策(1-100)
1.あってのN + あっての+ N “有了…(之后)…才能…”解说:如果没有前项所表示的条件,后项的结果也不可能成立.有时可以像例句2那样,在“あっての”前面加上“が”。
例:(1).両親あっての私です。
両親がいなければ今日の私はいない。
(有了父母才有我.没有父母就不可能有今天的我.)(2).彼女が退学したのは、きっと何かわけがあってのことだろう。
(一定有什么原因,她才会退学的.)作业: 翻译この度の優勝は、みんなの団結あってのものだ。
(这次得冠军是靠大家的团结才取得的.)2.~いかんN+× / の+ いかんだ・いかんで・いかんによっては・いかんにかかわらず・いかんによらず“取决于…./根据…而定(句末)取决于…./根据…而定(句中)不管…/不论….(句中)”解说:如何(いかん)是如何的意思.~いかんだ用于句末.~いかんで/ ~いかんによっては用于句子中顿处,表示一个至关重要的决定条件.~いかんにかかわらず・いかんによらず用于句子中顿处、表示前项的条件再怎样变化,后项也不会受其影响的.※:~いかんだ可以转变为“いかんにかかっている”或“いかんにきまっている”.的形态.例:(1).実験の結果いかんによっては研究を中止する可能性もある。
(根据实验的结果,也有可能中止研究.)(2).対応のいかんによらず、こちらは自分のやり方でやっていく。
(不论对方如何反应,我们都要按自己的方法做下去.)作业:翻译去不去那家公司工作要看工资的多少决定.(あの会社に就職するかどうかは、給料いかんです。
)3.う(よう)が(と)动词意志形+う(よう)が(と)N・形动+であろう+が(と)・だろう+が(と)イ形容词--い→かろう+が(と)无论…都…/不管…解说:表示逆接,意为假设出现前项这种情况,也不会影响到后项.且前项一般带有疑问词来突出强调的语气,后项是表示强烈的主观意志(包括强调解释说明,主张,决心,推量,劝诱等.)※:~ても逆接表达的方式,其前项是既定条件,后项是客观事实,一般就不能用”う(よう)が(とも)”来替换.例:(1)どんな金持ちであろうが、幸福は金で買えるものではない。
2000年日语能力考试1级真题-读解文法
1.日本で1人の女性が一生の問に産む子供の数が減ったことは、子供は要ら ないという現在の家族観に合致するということ 2.日本で1人の女性が一生の間に産む子供の数が減ったことは、子供の数が 多いほうがよいという伝統的な家族観に反するということ 3.日本で1人の女性が一生の間に産む子供の数が増えたことは、子供は要ら ないという現在の家族観に反するということ 4.日本で1人の女性が一生の間に産む子供の数が増えたことは、子供の数が 多いほうがよいという伝統的な家族観に合致するということ
(注2)
とばであるわけです。 だから、なにも料理にかぎったことではなく、たとえばとなりの家へもらい風 呂 に 行ったとき、風呂に入った帰りがけに、
(注3)
昂立新日语
「ごちそうさまでした」
①
というあいさつが、今でもつかわれる場合があるのではないかと思います。 ことにむかしは、.風呂ひとつたてる にしても、風呂おけに水を汲み入れ、
問(5)⑤「そのような社会」とあるが、どういう社会か。
1.夫が子供Байду номын сангаас数を決められる社会 2.男女差別がまだ強く残っている社会 3.妻の意見が尊重される社会 4.老後の保障が十分でない社会
昂立新日语
問(6)この文章のまとめとして最も適当なものはどれか。
1.日本の女性が一生の間に産む子供の数が1.57人にまで減ったのは、国や民 族の存続に関わる大きな問題だ。 2.人口の増大傾向を止めるには、子沢山を望ましいとする価値観を変え、貧 困や男女差別をなくす必要がある。 3.家庭内の女性の地位が向上し、女性の雇用機会が十分あれば、男女差別も なくなるし環境問題も解決できる。 4.地球の環境を守るためには、人ロ増加率をおさえて100年前の16億人程度 にまで減らさなければならない。
2006年日语能力考试1级真题-读解文法
2006年日语能力考试1级真题読解・文法(200点 90分)問題Ⅰ 次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。
答えは、1・2・3・4から最も適当なものを一つ選びなさい。
小説が人間の生きる現実の上に成リ立つものである以上、その生と死を絶対的に縛る<時間>から解き放たれることはあり得ない。
というよリ、より広大な、より豊潤な<空間>に向けて飛び立ち、漂い出すことを夢みながら、常に腰につけた<時間>の皮肉な命綱によってその世界を守られ、限られ、狭められているのが、小説なるものの運命なのではあるまいか。
(中略) 小説がそのように<時間>に固く結ぴつけられているとはいっても、小説の中で生きて動いているのは日めくりカレンダーや柱時計ではなく、登場人物としての人間達である。
もとより、現実生活においても<時間>が見えるわ(注1)けではない。
見えない<時間>をなんとか目に映るものにしようと努力して、推移を見人間は暦や時計を生んで来たのだろう。
( ① )、小説の中で時の(注2)えるものとするのは、暦や時計それ自身ではなく、溜息をつきながら暦をめくり、不安げな表情で壁の時計を見あげる、あれこれの人物達に他ならない。
(注極言すれば、ここでは人間そのものが、ある意味では暦であり時計であると3)函数として考えようともいえる。
とはいっても、人間を単なる<時間>の(注4)人間の存在とは、そのままごく自然に<時間>のするのではない。
むしろ、②表現でもあるという一事を述べたかったに過ぎない。
たとえば、こんなことがあるだろう。
---1軒の家で暮す一つの家族を描く時、幼い子供達がいる。
その父親ヒ母親がいる。
この親子は時間の連鎖(注5)の中で生れて来たものである。
つまリ、父親となる男性と母観となる女性がいたから、はしめて子供達が生れて来たわけである。
よくいわれるところの核家族とはこの2世代によって構成される家族のことだ。
そこでは、いわば③原因と結果が最短距離で向き合い、最小単位の家族を構成しているといえる。
JLPT1级读解技巧
在⽇本语1级能⼒考试中,读解部分难度较⼤,在最后项的所占的分值也较⾼。
很多学⽣尽管为能⼒考做了很多准备,但由于读解成绩不尽如⼈意,⽽影响能⼒考的总成绩。
如果究其原因⽆⾮是四⼤原因所致。
词汇量、句型结构、阅读⽅法、解题技巧。
我们现在离08年的能⼒考只有⼀个⽉的时间了,在这短暂的⼀个⽉时间,我们如何提⾼我们的读解能⼒呢? 考⽣不管原先读解能⼒如何,每天要保持⼀定的读解量到考试之前。
不能只集中⼏天来突击读解,因为读解的能⼒是持续增长的过程,⼀旦有松懈,就导致读解⽔平的下降。
在做读解练习的时候,⼀定要有时间控制,⽐实际考试时的时间略紧些。
在选择读解的⽂章上要针对1级能⼒考的,要⽐近⼏年的⽂章难度略难⼀点的。
因为⼤多数考⽣都⾮⼤学在读,⼀年中应试的机会也相当少,所以实际应试时⼼理的状态会打折扣,从⽽导致应试时不能淋漓尽致地发挥⾃⼰的读解能⼒。
如能在平时读较能⼒考略难的⽂章,实际应试时会在⼼理上形成优势,发挥也会较稳定。
在⽇本语1级能⼒考试中,读解由长⽂、中篇和若⼲短⽂组成。
读解量2000年后要⽐2000年前略多。
体裁上多为⼈⽂社会、科学技术和⽂学艺术等。
在实际解题⽅法上,粗略概括如下: ⾸先看⽂章标题、图⽰图表、⽂章出处、作者信息等,来判断出⽂章的主题。
其次在阅读时,可以带着问题,特别要注意⽂章的开头、结尾、各段落的第⼀句。
与此同时,可以边看边做题,其优点在于可避免考⽣的主观意见。
以判断出作者对此问题的意见和态度,最后判断出⽂章的中⼼思想。
在技巧上根据不同的题型,发现关键词、信号语。
例如⼀看到问句中有“なぜ、どうして”等词语,就知道这可能是⼀道因果关系题。
于是我们可以利⽤因果关系题的借题知识、技巧,在⽂章中寻找“ので、から、ため”等信号词,找到与解答问题有关的句⼦和段落来回答问题。
考⽣们也会碰到⼀些陌⽣的单词,阅读时可以在不影响理解时绕过⽣词,试从不同⾓度推测词义。
有些长句、长⽂结构⾮常复杂,这时要运⽤语法来理顺。
1998年日语能力考试1级真题-读解文法
1998年日语能力考试1级真题読解・文法(200点 90分)問題Ⅰ 次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。
答えは、1?2?3?4から最も適当なものを一っ選びなさい。
川に上流と下流があるように 、われわれのくらしにも上流 ( アップストり一ム ) と下流 ( ダウンストリーム ) がある 。
栓をひねると出てくる水の来るところは上流であり 、 流しに捨てた水の行く先は下流である 。
米 、 肉 、 魚 、 野菜 、 電気 、 ガス 、 石油 、 こういったく らしに必要なものを供給するところが上流であり 、台所で出る野菜くず 、 便所の屎尿 、こういった邪魔物をほうり出すところが下流である 。
① われわれは 、 例外なく 、 下流より上流の方を気にする 。
上流が汚れ 、 乱れると 、 水や食 べ物がまずくなり 、 危なくなり 、くらしの楽しみが減り 、 からだが傷つけられやすくなる からである 。
上流にくらべて 、下流に対する関心はゼロといってよいくらいうすい 。
目の前においておくと嫌なものを 、 見えないところ 、遠いところに持っていくだけで 、 もう 、すっかりその存在さえ忘れてしまう 。
(② )自家用車を運転している入は 、気楽な気 分で歩行者や自転車族に排気ガスを吹きつけているのだが 、そのことを意識している人は ほとんどいない 。
これなど下流に対する無関心の典型である 。
それでも 、 昔 、ずっと昔だと 、 上流と下流は 、 両方ともくらしのすぐそばに一緒にあっ て 、誰の目にもその様子がよく見えていた 。
食べる肉がつい一刻前( 注1 )までは庭を走りまわっていた鶏であったり 、 野菜くずが庭のすみの穴に埋められ 、 しばらく後で堆肥( 注2 )になり畑に使われるといったことが 、ありふれた風景であった 。
この当時だと 、 上流は自然と自分で 監視していることになったし 、 自分は下流に関心がないといっても 、 少なくとも家族の中の一人がそれを始末していることは目にしていた 。
日语能力考试一级文法
1~いかん意味がどのようであるか・~によって・~次第で接続[名(-の)]+いかん①試験の結果いかんでは、卒業できないこともある。
②会社の発展は、社員の働きいかんにかかっている。
慣用「いかんともしがたい」<残念だがどうにもできない>・助けてやりたい気持ちはやまやまだが、私の力ではいかんともしがたい。
「いかんせん」<ざんねんが(どうにもしようがない)>・あたらしいパソコンを購入したいのだが、いかんんせん予算がない注意主に改まった場面で用いられる。
2~いかんによらず/~いかんにかかわらず/~いかんを問わず意味~がどのようであるかに関係なく接続「名-の」+いかんによらず①理由のいかんによらず、殺人は許されないことだ。
②国民の賛意のいかんにかかわらず、その法案は国会で可決されるだろう。
③国籍のいかんを問わず、採用試験を受けることのできる自治体が増えている。
注意主に改まった場面で用いられる。
3~(よ)うが/~(よ)うと意味~しても・~でも接続[動-意向形]・[い形-かろう]・[な形-だろう]+が①周囲がいかに反対しようが、自分でやると決めたことは最後までやりぬくつもりだ。
②どんなに入院費が高ろうが、支払わざるを得ない。
③彼が政治家として有力だろうと、法を侵したからには逮捕されるのは当然のことだ。
4~(よ)うが~まいが/~(よ)うと~まいと意味~しても~しなくても接続[動-意向形]+が+[動-辞書形]+まいか<同じ動詞を二度繰り返して使う。
IIグル-プまたはIIIグル-プの動詞の場合は「まいか」のまえは「ない形」も使われる>①雨が降ろうがふるまが、私は出かけます。
②昔の恋人が結婚しようとしまいと、今の私には関係ないことです。
5~(よ)うにも~ない意味~しようとしてもできない・したいのにできない接続[動-意向形]+にも+[動-ない形]+ない①お金がなくて、新しいパソコンを買おうにも買えない。
②頭が痛くて、起きようにも起きられなかった。
n1考试题型
n1考试题型
n1考试题型有文字·词汇、文法、读解、听解这四种类型。
日语N1考试主要分为笔试和听力两部分,笔试部分主要考察基本的语言知识,听力部分则考察对文章的听解能力。
一、文字·词汇
词汇是最基础的语言知识,这一部分又分为四种题型,即汉字读音6问、选词填空7问、找近义词6问、正确用法6问,做题分配时间是16分钟。
另外,N1词汇量要求达到2000个左右,要能够灵活运用基础词汇。
二、文法
文法主要是指语法,分为三个小部分,第一个小部分是选择合适文法10问,第二个小部分是排列组合句子5问,第三个小部分是文章中文法5问,文法做题分配时间为20分钟。
这部分内容考查难度较以往降低一些,但更加强调了语法的实用性和扎实的基础性。
三、读解
读解主要考查阅读理解,分为六个部分,即短文4问、中长文9问、长文4问、综合理解(中长文)2问、主张理解(长文)4问、情报检索2问。
读解部分分配时间74分钟。
阅读部分需要考生能够读懂文章大意,做出正确判断。
四、听解
听解主要是考查听力,分为五个部分,即课题理解6问、要点理解7
问、概要理解5问、即时问答14问、综合理解4问。
听解分配时间是60分钟。
听力要能够听懂各种场合的连贯会话、新闻、讲座内容,详细理解上下文含义、出场人物的关系及内容的逻辑构成等。
2008年日语能力考试1级读解文法
2008年日语能力考试1级读解文法阅读部分問題1秋に入ると学校では、読書週間という奇妙な週がやってくる。
普段は図書館に足を踏み入れもしない子どもたちが、みんな指定の図書を探して、嫌々やってくるのを僕は不思議に眺めていた。
読みたくない本を読んで感想文をかけ、と先生から指令がくだるのだ。
先生に言われなくても、僕は昔からほんの足だった、読書週間の標語を読むと、「読書は世界の見える窓」「本は心の栄養」などと利益を謳った文句が並んでる。
先生は、読書をする子はよい子で、頭がよくなると自信を持って勧めていた。
頭をよくするのは教育者の仕事だ。
その義務を忘れて本に子どもを教育してもらおうとするのは怠惰な職務放棄にすぎない。
僕は一発でこの先生の能力を疑った。
僕は所謂アタマのいい子だった。
子供のしがちな無茶なことはせず,大人の命令に逆らわない従順な児童だった。
教室の壁には誰が何冊本を読んだか、という営業マンのようなグラフが作成され、能力を競っていたように思う、馬鹿馬鹿しいと笑っていると白羽の矢が僕に刺さった。
「彼は本を読むから成績がいいんです!」先生は僕を象徴して読書を推進しようとしている。
それは大きな間違い。
僕の成績がよかったのは普段真面目に授業を聞いているからだし、きちんと家で勉強していたからだ。
他の小学生はのびのびと育っていて、誰も勉強などしないから、差がでるのは当然のことだった。
読書をすれば賢くなるという幻想は、どうして出来上がったのだろうか。
僕はその読解の根源を子供たちに見た。
いつも図書館現れない子供は無理に広げた本を前に煩悶しているではないか。
これはほとんど拷問に近いものがある。
(③)彼らは勉強の姿勢で本を読んでいるのだ。
こんな読み方では楽しくないだろう。
本の楽しみとは、ここではないどこかに飛んでいける冒険につきる。
旅行の楽しみと読書は近いものがある。
僕は本で冒険をし、知らない世界に旅をした。
(中略)人は誰もが「もうひとつの世界」を夢みる。
日本语文法(一级)
類義:「~かたがた」「~ :「~かたがた」「~を ねて」 ※ 類義:「~かたがた」「~を兼ねて」
8.~が早いか .~が
接続: 動 辞書形/ 接続:[動‐辞書形/た形]+が早いか + 意味:~とすぐに/立刻; :~とすぐに 意味:~とすぐに/立刻;马上 けてすぐに後 動作をする をする、 〈続けてすぐに後の動作をする、あるいはその 瞬間に かが起こる様子 様子を 瞬間に何かが起こる様子を表す。〉 いか、 性急にしゃべり めた。 にしゃべり始 私の顔を見るが早いか、彼は性急にしゃべり始めた。 地震だと だと叫 いか、子供たちは たちは机 地震だと叫ぶが早いか、子供たちは机の下にもぐり んだ。 込んだ。 ベルが鳴ったが いか、生徒たちは教室を たちは教室 ベルが鳴ったが早いか、生徒たちは教室を飛び出 して行った。 して行った。
4.~(よ)うが~まいが/~ (よ)うと~まいと
接続:[動‐意向形] +が+ [動‐辞書形] +まいが 〈同じ動詞を二度繰り返して使う。〉 意味:~しても~しなくても/无论是否・・・都 雨が降ろうが降るまいが、私は出かけます。 昔の恋人が結婚しようとしまいと、今の私には関係 ないことです。
5.~(よ)うにも~ ない
接続:[動‐意向形] +にも+ [動‐ない形] +ない 意味:~しようとしてもできない・~したいのにできない /就是想・・・也不能 お金がなくて、新しいパソコンを買おうにも買えない。 頭が痛くて、起きようにも起きられなかった。 会社を辞めようにも次の仕事が見つからない。
※
同じ動詞を二度繰り返して使う場合、後ろの動詞は可能を 動詞を二度繰り して使 場合、 ろの動詞は可能を 動詞 動詞が われる。 表す動詞が使われる。
16.~っぱなし 16.~っぱなし .~ 接続: 動 ます形 接続: [動‐ます形] +っぱなし 意味:~たまま/放置不管; :~たまま 意味:~たまま/放置不管;一直 〈自動詞の場合は「~たまま変化がない」。他動詞 自動詞の場合は「~たまま変化がない」。他動詞 たまま変化がない」。 場合は「~たままその後何もしない たままその後何もしない」 の場合は「~たままその後何もしない」と、話し手の 不満や非難の気持ちを むことが多 ちを含 不満や非難の気持ちを含むことが多い。〉 新幹線が んで、大阪から東京までずっと立 新幹線が込んで、大阪から東京までずっと立ちっぱ から東京までずっと だった。 なしだった なしだった。 でもやりっぱなし っぱなしで いつも母 後始末をし 弟は何でもやりっぱなしで、いつも母に後始末をし てもらっている。 てもらっている。
1991年日语能力考试1级读解文法
1991年日语能力考试1级读解文法読解・文法(200点90分)問題Ⅰ次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。
死体ははたしてだれのものか。
①「自分」のものだとしても、死んだあとでは、所有権を実際に自分で主張することはできない。
法的には、そこはどうなっているのか。
それを私は、じつは知らないのである。
職業柄、年中扱っている②「もの」の、所有権が不明である。
そんなことで、よく仕事が勤まる。
そう③怒られそうだが、むろん常識的には、死体は遺族(注1)のものである。
しかし、ちょっとご想像いただくとわかるはずだが、遺族というのは、しばしば単数ではない。
遺産相続の場合なら、子供にはすべて、平等の権利があるはずである。
「ヴェニスの商人」ではないが、それなら肉何ポンド分の権利が、それぞれの子供にあるか。
④そんな議論は、聞いたこともない。
こういう議論自体が不謹慎だ。
ひょっとすると、そうお考えになる方があるのではないか。
もしそうなら、私としては、たいへん我が意を得たことになる。
不謹慎であるとか、世の中乱れるとか、人心に与える影響を恐れる。
こういった、かならずしも明確に定義できない常識が、死体に関わる多くの問題の背景となっているからである。
こうした常識を考え、それと戦うことは、けっして容易ではない。
私は死体を扱うのが仕事だから、そうは言っても、⑤それを考えざるをえない。
死体をめぐって、しばしばトラブルが生じるからである。
こうした漠然とした常識。
それの背景を知るためには、じつは日本の文化そのものを追究せざるをえない。
私の仕事は、いつの間にか、そういう方向を向いてしまった。
遺族だって、けっして明瞭ではない。
しばしば複数の遺族が出現することがあるからである。
東京に住んでいる遺族が親の解剖を承諾したが、田舎から出てきた遺族がそれに反対する。
こういう例も多い。
すでに解剖が始まっているときに、「私は解剖するとは聞いてなかった、じつは反対だ」という親族が現れる。
日本语能力试验1级绝对に完整必备の文法
日本语能力試驗1级绝对に完整必備の文法<精華>1~あげくに(の)[动词过去形;体言の]+あげくに/~的结果;最后~(多用于后果不好或消极的场合)类义形:~あげくのはて(に)[比あげく(に)语气强];~すえ/~之后;最后~(后果多为消极)例:1、さんざん迷ったあげく、やめにした。
/犹豫了一顿,最后决定作罢.2、口げんかのあげく、つかみあいになった。
/争吵的结果,扭打起来了.2~あっての[体言]+あっての/有了~才有~例:1、あなたあっての私です。
あなたがいなければ今日の私はいない。
/有了你才有我.没有你就不可能有今天的我.2、この子ってのわが家。
もしこの子がいなかったらと思うと???/有了这个孩子才有我家.想到如果没有这孩子就...3~いかんだ[体言]+いかんだ/取决于~;根据~而定类义形:~いかんにかかっている/取决于~;根据~而定~いかんによる/取决于~;关键在于~(如何)~いかんによってきまる/决定于~;要看~(如何)~かどうかにかかっている/看看是否~(前接动词终止形)例:1、今回のスピーチ?コンテストに入賞できるかどうかは出場前の準備いかんにかかっている。
/不管成败与否,都要做起来看.2、交渉が順調にまとまるかどうかは相手の出方いかんにかかっている/能否顺利达成协议,取决于谈判对方的态度如何.4~いかんで[体言]+いかんで(或いかんによって)/根据~而~;根据~来~类义形:~いかんだ/~是根据~决定的(结句的形式)例:1、情勢いかんによって、対応策を決める。
/根据形势而决定对策.2、結果いかんで、方針の是非が分かる。
/根据结果来判定方针的正确是否.3、彼の結婚式に出るかどうかは自分の考え方いかんだ。
/参加不参加他的结婚仪式,是根据自己的想法而定的.5~いかんにかかわらず[体言の]+いかんにかかわらず/不管~;不论~例:1,成否のいかんにかかわらず、やってみることだ。
/不管成败与否,都要做起来看.6~いかんによっては[体言]+いかんによっては(或いかんでは)由于~(情况)不同~;根据~如何~例:1、やり方いかんによっては結果も違ってくる。
2002年日语能力考试1级读解文法
2002年日语能力考试1级读解文法問題Ⅰ次の文章を読んで、後の問に答えなさい。
答えは1?2?3?4から最も適当なものを一つ選びなさい。
世間では、いま、表現教育ということが盛んに叫ばれている。
子供たちに、どうにかして、「豊かな表現力」「誰とでも話せるコミュニケーション能力」を身につけさせようと、親も教師も躍起になっている。
子供の方から見れば、表現を強要されているとさえ言える状況だ。
だがどうも、教える側も、子供たちの方も、「表現」ということを無前提に考えすぎていまいか?いや、いったい、何をそんなに伝えたいというのか?私はここ数年、演劇のワークショップ(体験型の演劇教室)を、年間で百コマ以上、全国で繰り返して開催してきた。
教育の門外漢に、このような依頼が殺到するのも、表現教育隆盛の一つの現れであろうか。
ただ、私が、そういった場で子供たちに感じ取ってもらいたいことは、表現の技術よりも、「他者と出会うことの難しさ」だった。
どうすればコミュニケーション能力が高まるかではなく、自分の言葉は他者に通じないという痛切な経験を、まず第一にしてもらいたいと考えてきた。
高校演劇の指導などで全国を回っているといつも感じるのは、生徒創作の作品のそのいずれもが、自分の主張が他者に「伝わる」ということを前提として書かれている点だ。
私は、創作を志す若い世代に、演劇を創るということは、ラブレターを書くようなものだと説明する。
「俺は、お前のことがこんなに好きなのに、おまえはどうして俺のことがわかってくれないんだ」という地点から、私たちの表現は出発する。
分かり合えるのなら、ラブレターなんて書く必要はないではないか。
日本はもともと、流動性の低い社会の中で、「分かり合う文化」を形成してきた。
誰もが知り合いで、同じような価値観を持っているのならば、お互いがお互いの気持ちを察知して、小さいな共同体がうまくやっていくための言葉が発達するのは当然のことだ。
日语新一级语法读解篇
7、タクシーであれ、___ _★_ ___ ___と間に合わないよ。
1.地下鉄 2.早く
3.であれ 4.行かない
8、彼女は夜中華料理店でアルバイトを___ _★_ ___ ___勉強している?
1.昼間も 2.のみでなく
私は刻下(注8)の「格差社会」なるものの不幸のかなりは「金の全能性」に対する人々の過大な信憑(注9)がもたらしていると思う。であるなら、「あらゆる不幸は全能の金によって解決できる」という信憑を強化することは、文字通り②「火に油を注ぐ」ことにしかならないだろう 。
私自身は人間の社会的価値を考量するときに、その人の年収を基準にとる習慣がない。
(ウ)、最近は子供のことと違って、包むことに対する考えが変わってきた。デパートでお菓子を買うと、一つ一つのお菓子はきれいな絵のかかれた袋に入っている。それを箱に(エ)入れて、箱をまた紙で包んでリボンをかけたりする。それから、デパートの袋に入れて差し出してくれる。だから、食べ終わるとたくさんのゴミが出る。1回の買い物でこんなにゴミを出してしまっていいのだろうかと考えてしまう。日本の伝統的な包装の文化は残していってほしいが、買い物のときによく目にする(オ)な包装は減らしていったほうがいいと思う。
3.大きな 4.他の国にも
17、この講座は楽しい___ _★_ ___ ___きちんとした講座だった。
1.までも 2.一応
3.とはいえない 4.聞く価値のある
18、一緒に住んだらと誘ってみたが、両親は___ ___ _★_ ___、ずっと田舎に住んでいる。
3.日本語学校で 4.している
9、人は年を___ ___ ___ _★_きらいがある。
JLPT日语考试:能力考一二级长篇阅读解的技巧
JLPT日语考试:能力考一二级长篇阅读解的技巧技巧1:阅读文章前先看出处。
了解文章的主题、提高理解程度。
长篇阅读最后一般都会注明文章的出处,花2、3秒时间看一下出处可以对文章内容有个大致的了解。
技巧2:对于询问划线部分理由和内容的问题,线索就在划线部分邻近的前后。
长篇文章中会出现很多对划线句的理解之类的问题,这类问题其实很简单,答案一般都在划线句的前后不超过两句话里会出现。
技巧3:要抓住作者的观点,不要自己想当然地认为怎么样,要以作者的观点为准。
特别是,含有「~はずだ(应该是)」「~に違いない(一定是)」「~ではないだろうか(难道不是吗?)」「~と思う(我想)」「~と考える/考えられる(我认为)」「~に他ならない(正是、无非)」等句末表现的语句尤为重要。
其中,「Aではないだろうか。
(难道不是A吗?)」是「私はAだと思う。
(我认为是A。
)」的意思,即主张自己意见的谨慎表达方式,是作者的意见。
另外,当出现「ほんとうにそうでしょうか」说明作者要提出一个与前面不同的意见了。
当出现逆接接续词「しかし」,这之后的文章也要特别注意,一般后面也是作者与前面所不同的意见。
技巧4:反复出现的词汇是关键词。
要特别注意含有关键词的语句。
重复的话,笔者一直在考虑词汇。
那是,重点关键词。
因此,包含语句中的关键字,经常出现的关键词或作者的主张。
因此,包含该语句的关键字不能放手。
技巧5:当同样内容的表达重复出现时,这即是作者主张的核心。
要特别注意。
在本文中,有时会出现“不同的单词,但是表达相同的内容”。
因为在任何情况下,作者也希望读者了解他的要求的重要组成部分。
因此,笔者将从不同的角度来说明,努力使读者了解。
这是同一件事情的结果,用不同的方式显示。
这些重复的表达是很重要的,特别要注意。
技巧6:判断内容正误的题目,要正确抓住不正确选项的错误叙述部分。
1级2级的阅读题,没有能立即正确的选项,那么简单的。
在选定的答案,很可能是错误的。
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1级读解文法阅读部分問題1秋に入ると学校では、読書週間という奇妙な週がやってくる。
普段は図書館に足を踏み入れもしない子どもたちが、みんな指定の図書を探して、嫌々やってくるのを僕は不思議に眺めていた。
読みたくない本を読んで感想文をかけ、と先生から指令がくだるのだ。
先生に言われなくても、僕は昔からほんの足だった、読書週間の標語を読むと、「読書は世界の見える窓」「本は心の栄養」などと利益を謳った文句が並んでる。
先生は、読書をする子はよい子で、頭がよくなると自信を持って勧めていた。
頭をよくするのは教育者の仕事だ。
その義務を忘れて本に子どもを教育してもらおうとするのは怠惰な職務放棄にすぎない。
僕は一発でこの先生の能力を疑った。
僕は所謂アタマのいい子だった。
子供のしがちな無茶なことはせず,大人の命令に逆らわない従順な児童だった。
教室の壁には誰が何冊本を読んだか、という営業マンのようなグラフが作成され、能力を競っていたように思う、馬鹿馬鹿しいと笑っていると白羽の矢が僕に刺さった。
「彼は本を読むから成績がいいんです!」先生は僕を象徴して読書を推進しようとしている。
それは大きな間違い。
僕の成績がよかったのは普段真面目に授業を聞いているからだし、きちんと家で勉強していたからだ。
他の小学生はのびのびと育っていて、誰も勉強などしないから、差がでるのは当然のことだった。
読書をすれば賢くなるという幻想は、どうして出来上がったのだろうか。
僕はその読解の根源を子供たちに見た。
いつも図書館現れない子供は無理に広げた本を前に煩悶しているではないか。
これはほとんど拷問に近いものがある。
(③)彼らは勉強の姿勢で本を読んでいるのだ。
こんな読み方では楽しくないだろう。
本の楽しみとは、ここではないどこかに飛んでいける冒険につきる。
旅行の楽しみと読書は近いものがある。
僕は本で冒険をし、知らない世界に旅をした。
(中略)人は誰もが「もうひとつの世界」を夢みる。
新しい環境、新しい政治、新しい自分、誰もが現実の中に小さな違和感を抱えて、変化を望み、そしてこの現実は簡単に変わることがないと諦めている。
そんなとき最も安価で確実な変化をもたらしてくれるのが、読書なのだ。
読書とは教育ではなく、世知辛い現実を巣手って、豊かな世界に耽ってしまう人の性であり、現実を忘れさせる合法的な麻薬である。
「彼らはまだ勉強をする義務がある。
子供に本の味を教えるのはちょっと早いかもしれない」問1「読書週間という奇妙な週」とあるが、どうして奇妙なのか。
1.いつもは図書館に来ない子供たちが図書館で好きな本を読むから。
2.本を読めば世界のことがよくわかったり心が豊かになったりするから。
3.先生が推薦した本を学校の図書館で捜して読まなければならないから。
4.子供の気持ちを大切にせずに無理に本を読ませようとするから。
問2「それ」とは何か1.読書週間という名のもとに、子供たちに無理に多くの本を読ませようとすること。
2.どれだけたくさんの本が読めるが、営業マンのようなグラフを使って子供たちに競争させること。
3.先生の話を真面目に聞いて家でもきちんと勉強しているから、筆者の成績がいいこと。
4.本を読むから成績がいい例として筆者を挙げ、他の子供たちにもっと本を読ませようとすること。
問3小学生の時の筆者はどのような子供だったか。
1.先生を信じることができず、空想の世界の遊ぶ子供。
2.先生を尊敬し、ひたすら先生の教えを実践する子供。
3.先生を心の底で馬鹿にしているが、一見従順な子供4.先生に従い、空想と現実を混同しない理性的な子供。
問4筆者は何のためにほんを読んでいたのか。
1.知らない世界を味わうため2.学校でいい成績を取るため3.賢くなり現実を楽しむため4.勉強する義務を果たすため問5(③)に入る最も適当な言葉はどれか1.しかし2.ゆえに3.ただし4.つまり問6読書と旅行が似ている点は何か。
1.新しい経験をしていろいろな利益が得られること。
2.日常生活から離れてわくわくすることができること。
3.行ったことがないところに実際に行くことができること。
4.いつでもどこでも楽しみたいことが楽しめること問7筆者は読書週間についてどう考えているか。
1.読書週間にはいろいろな本を読んだほうがいい。
2.読書週間を本当の読書のための週にすべきだ。
3.読書週間のような週があってもあまり意味がない。
4.読書週間のいま実践されている期間ではあまり効果がない。
問8本文の内容に合っているのはどれか。
1.読書は、子供に事実を教えてくれるものである。
2.読書は、子供の時からの習慣が影響するものである。
3.読書は、現実の理解のためにするものである。
4.読書は、自分から好きな本を楽しむものである。
問題Ⅱ(1)カナダの作曲家シェーファーは、音環境をサウンドスケープという視点から捉えることを提唱し、運動を展開している。
サウンドスケープは“音の風景”と訳すことができるだろうが、これは、都市空間をはじめ、あらゆる環境の中で不愉快な雑音が我々の生活を害するようになった現在、音環境を含めて生活のすべての面で快適性を高めたいという社会的ニーズの表れであろう。
日常生活を妨げる音をできるだけ防止するために、その場・時間・状況に応じて適切な環境音楽が流されている。
環境音楽は、快適性を音環境の中に取り入れたものといえる。
現代の文明は騒音をますます増大させているが、同時に最新の技術によって発生騒音を少なくする努力も大いになされるだろう。
しかしながら、我々は生活の中で、環境音楽と考えてかえって不必要な音や音楽を流しすぎていないだろうか。
いや、たれ流しているといってもいいぐらいだ。
ドイツの大指揮者カール・べームは、筆者も何回となく来日の折に聴いているが、ある時東京のデパートのエレベータに乗り、そこに流れていたドイツの古典音楽を聴いて非常に憤慨したそうである。
いとも安易にクラシック音楽が東京の町中に氾濫していることにべームは業を煮やしたのだろう。
遠山一行さんのような批評家がいう、「クラシック音楽は他社との出会い」という厳しいストイックな見方と現実は大きく違ってしまい、我々はあまりにイージーに音楽を氾濫させていると筆者は思う。
そして、それが非常に商業主義と結びついていることが多いと筆者は危惧しているのである。
問1カナダの作曲家シェーファーの展開する運動とはどのような運動家。
1.都市空間に美しい風景をイメージさせる音楽を流し、生活環境を向上させる。
2.カナダの作曲家が始めたサウンドスケープという運動に基づいて音環境を作り上げる。
3.生活の快適性を高めるために、環境音楽などを用いて音環境を整える。
4.場所、時間、状況に応じて、適切な環境音楽としてクラシック音楽を流す・問2本文によると、環境音楽とはどのようなものか。
1.日常生活の不快な音をさえぎるために流されているもの。
2.豊かな自然に囲まれた環境の中で聴くことができるもの。
3.筆者が日常生活の中で安易に聞かされているもの。
4.現代文明が作り出した環境の中から自然に生じたもの。
問3「厳しいストイックな見方」とはどのような見方と考えられるか。
1.外では音楽を全く流さず、他人が不愉快にならないよう配慮する。
2.クラシック音楽を聴くには、ふさわしい時と場を選ぶ必要がある。
3.増大しつつある騒音は、種々の音楽を流すことで緩和するべきだ。
4.日常生活を妨げる騒音は、社会にあってはならないので排除する。
問4筆者はこの文章を通して何を批判しようとしているのか。
1.「クラシック音楽は他社との出会い」という見方が広がること。
2.日常生活の騒音を減少させようとするより環境音楽でそれを隠そうとすること。
3.商業主義と結びついて安易に音楽を町中に氾濫させること。
4.環境音楽を流しすぎてかえって町中の騒音を増大させること。
(2)家事労働は、やってみると案外と簡単なものだ。
うそだと思う男性諸君は、一度やってみるといい。
今はいい洗剤があるから皿洗いは楽だし、研いだ米に分量の水を入れて、スイッチを押せば自然に炊く上がる電気炊飯器という便利な機械もある。
やる気になれば男だって一人で飯を作り、暮らしていけないことはない。
わが家は、妻が毎日仕事に出かけ、僕は家で仕事をしているから、生活のパターンが普通のサラリーマン家庭とは逆になっている。
そう入っても、仕事から帰ってきた妻が食事を作り、後片付けもしていた。
大変そうだなと思い、後片付けくらいはしてやるよと気軽に台所に立ってみた。
ところが、やってみると案外に楽しかった。
汚れた食器が次々にきれいになっていくのはなかなか気持ちのいいものだ。
わずか10分か15分で、ひと仕事終えたという労働の充実感も味わえる。
この、ひと区切りつくというのが家事労働の面白いところかもしれない。
60歳をすぎた僕がこんなことを言うと、同年輩の亭主族からはなんと甘っちょろいと思われるかもしれない。
20代30代からは、何で今さらそんなことに気づいたのだといわれそうだ。
「最近の女性は耐えるということを知らない」などと世聞では言ってる。
確かに昔に比べると、我慢するということが少なくなったようだが、これは()ことだと思う。
昔の女性が我慢していたのは、経済力がなくて夫に養われているという意識があったからだろう。
イマハ、仕事をもったりパートタイムで働きいたりして、ちゃんと収入を得られるようになた。
しかも、亭主が汗水たらして働いていても、大して高い給料をもらっているわけではないのだという現実もわかってくる。
(中略)わが家の場合、今の若夫婦のように、権利だ義務だと分けて、家事を分担しているのではない。
なんとなくそういう具合になっている。
とはいえ、サラリーマンを続けていたら、なんとなくそういう具合にはならなかっただろう。
権利だ義務だというのは、押しなべて世間に広がらなくてはならない決まりである。
家庭にそんなものはいらない。
家庭にあるのは流儀だろう。
サラリーマンはサラリーマンの家庭の、わが家にはわが家の流儀がある。
おおまかであって、伸縮自在だけれども、ひとつの流れになっているという曖昧な流儀が、大まかな僕に似合っている。
問1()にはいる最も適当な言葉はどれか。
1.つまらない2.いい3.おどろくべき4.よくない問2筆者は、どうしていまの女性は我慢をしなくなったと考えているか。
1.家事労働は女性の義務ではなく、男性も相応に分担するべきだという考え方が広がったから2.人々が権利や義務について考えるようになり、女性も権利を主張できるようになったから3.経済力をつけたので、亭主が稼ぐということをそんなに偉いこととは思わなくなったから。