中日文学史第3讲

前期自然主義とも
• 詩から小説に転じた島崎藤村らもゾラの 影響の著しい小説を書いたが、これらの 作品の多くは、現実の科学的分析による というよりは、遺伝と環境、特に遺伝の理 論の手軽な応用によるもので、ゾラの作 品の持っていた社会性には乏しい。 • 文学史的には前期自然主義と呼ぶことも ある。
自然主義
谷崎潤一郎（たにざきじゅんいちろう）
• 東京帝国大学中退。第二次「新思潮」同 人。耽美的・悪魔主義的な傾向の作品 を発表。関東大震災を機に関西に移住、 以後、古典的・伝統的な日本美に傾倒、 独自の新境地をひらく。戯曲・随筆にも すぐれたものを残す。作品は外に「蘆刈 あしかり」「春琴抄」「細雪ささめゆき」「少将滋 幹の母」など。1886-1965。
• 明治40年教壇を退き、東京朝日新聞に 入社、執筆に専念。近代的知性に基づ き倫理的主題を追求した。作品「虞美人 草」「三四郎」「それから」「門」「彼岸過迄」 「行人」「こゝろ」「道草」「明暗」など。1867 －1916。
鴎 外
• 森鴎外はしばらく文筆活動から遠ざかっ ていたが、漱石の影響もあり、『ヰタ・セク スアリス』（明42）『青年』（明43）『雁』（明 44）など反自然主義の小説を発表する。 その後、乃木大将の殉死を機に、歴史 小説を手がけるようになり、『興津弥五右 衛門（おきつやごえもん）』（大1）『阿部一 族』（大2）などを発表。
余裕派（よゆうは）
• 夏目漱石が高浜虚子の「鶏頭」に寄せ た序文で「余裕のある小説」について説 き、この語を用いたので、正岡子規の写 生文を受けついだ夏目漱石・高浜虚子 を中心とする写生文系統の一派。現実 に対するのに余裕をもってあたろうとする 傾向を持つ。主として自然主義を中心と する文壇からやや嘲弄的に使用された。
夏目漱石（なつめ・そうせき）
• 東京出身。本名金之助。東大英文科卒。 大学時代正岡子規と親交があり俳句を つくる。松山中学教諭、五高教授を経て、 明治３３（1900）年イギリスに留学、帰国 後一高、東大で英文学を講義。同三八 年「吾輩は猫である」により作家として出 発、「坊っちゃん」「草枕」などを発表して 反自然主義作家として重きをなした。
高踏派（こうとうは）
• (フランスParnasseの訳語)フランス近代 詩の流派の一つ。感傷的、主観的なロマ ン派の反動として生まれ、理知的態度で、 没個性的、客観的な美を追求した。代表 的詩人はゴーチエThéophile Gautier、ルコ ント‐ド‐リールCharles Marie Leconte de Lisle、ジョゼ‐マリア‐ド‐エレディアJoséMaria de Heredia、ボードレールCharles Pierre Baudelaireなど。
• さらに史資料から人物像を読み取る史伝 の方法を用いた『渋江抽斎』（大5）『伊沢 （いざわ）蘭軒』（大11）などを書いた。
森鴎外（もり・おうがい）
• 本名林太郎。別号観潮楼主人など。東 大医科卒業後陸軍軍医となりドイツ留学。 陸軍軍医総監、帝室博物館総長、帝国 美術院長など歴任。留学中、西欧文学 の素養を深め、帰国後「しがらみ草紙」 「めさまし草」を創刊。翻訳・評論・創作に 旺盛な活動を示し、日本文学の近代化 に大きな貢献をした。
• 雑誌「スバル」「三田文学」で活躍した作 家が多く、その中心人物は耽美的な小 説『あめりか物語』（明41）『ふらんす物語』 （明42）を発表した永井荷風であった。 『刺青』（明43）で荷風の絶賛を受けた谷 崎潤一郎は、さらに『痴人の愛』（大1415）を発表。佐藤春夫も詩作のかたわら 『田園の憂鬱』（大6）『都市の憂鬱』（大 11）を書いた。
• 明治37年の日露戦争で、日本は近代化 を完成させつつあることと、資本主義社 会を打ち立てたことを示したが、人々の 中では、社会と自分のあり方や生き方、 考えについての対立や矛盾が一層深 刻なものとなっていった。
社会から個人へ
• そのような中で国木田独歩（くにきだどっぽ 1871-1908）『牛肉と馬鈴薯』（明治34）、島 崎藤村『破戒』（明治３９）など、社会と個 人の関係を描いた自然主義文学の作品 が相次いで生まれた。 • その後、自然主義文学は、社会の赤 裸々な事実を見詰めるだけでなく個人の 内面や生活を描くことに重点を置き始め、 作家が自身に題材を求めるようになる。
ていた。 • 自然主義は、19世紀後半フランスのゾラ によって提唱された文学上の主張。自然 科学的実証主義的精神を導入、真実を 尊重して酷薄（こくはく）な現実を好んで 暴き、人間を遺伝と環境によって分析し た。ゴンクール（Goncourt)兄弟、ドーデ （Alphonse Daudet)、モーパッサン（Guy de Maupassant)、ユイスマンス(Joris-Karl
Huysmans)らがこれに同調、やがて各国 に広まった。 • 日本では明治30年代末から40年代にか け最盛期を迎えるが、独自な展開を見せ、 これを西欧のそれと区別して、日本自然 主義と呼ぶこともある。
鴎外の自然主義批判
• 日本で最初にゾラの自然主義を論じた のは森鴎外で、ドイツ留学から帰国まも なくの明治22年1月《小説論》でゾラの科 学的真実偏重を批判、想像力の重要性 を論じた。日本ではまだ自然主義が水面 下のものでしかなかった明治20年代に、 鴎外はその後も一貫してゾラを批判した。
ゾライズム
• 明治30年代に入り、フランス自然主義に 影響を受けた小杉天外（ 1865-1952）が 『はやり唄』（明治35・1）を、永井荷風 (1879-1959)が『地獄の花』（明治35・9） を、田山花袋(1871-1930)の『重右衛門 の最後』（明35・5）を発表、日本自然主 義運動の先駆けとなった。所謂ゾライズ ムの時代を迎える。
私小説へ
• そして、田山花袋『蒲団』（明治40）『田舎 教師』（明治42)、正宗白鳥(まさむねはくちょう、 1879-1962)『何処へ』（明治41）、徳田秋声 （とくだしゅうせい、1871-1943）『黴』（明治44）、 島崎藤村『春』（明治41）『家』（明治43）『新 生』（大正7）、また刹那主義的な文学観を もとに自伝的な小説を書く岩野泡鳴（いわ のほうめい、1873-1920）の『耽溺（たんでき）』（明 治42）などの私小説へと繋がっていく。
漱 石
• 漱石は猫の視点から人間を眺めた作品 『我が輩は猫である』（明38）を皮切りに、 『坊ちゃん』『草枕』（ともに明39）、前期三 部作と呼ばれている『三四郎』（明41）『そ れから』（明42）『門』（明43）、後期三部 作『彼岸過ぎまで』（明45）『行人』（明45） 『こころ』（明47）を発表。
佐藤春夫（さとうはるお）
• 慶応義塾大学中退。新詩社（機関紙明 星）同人となる一方、生田長江いくたちょうこ うに師事。永井荷風、谷崎潤一郎の影響 をうける。 • 作品は上記の外詩集「殉情詩集」「佐久 の草笛」、小説「晶子曼陀羅」などの作が ある。1892-1964。
• 鴎外は常に明治文壇の指導的存在とし て、明治４０年代には「スバル」に拠り反 自然主義の雄として活躍、晩年は歴史 小説・史伝に健筆をふるった。小説に 「舞姫」「青年」「雁」「阿部一族」、史伝に 「澀江抽斎」、翻訳に「即興詩人」「ファウ スト」など。1862－1922。
三、耽美派
• 自然より人工を大切にし、何よりも文学 の中で「美」を追求したのが耽美派の作 家である。
平面描写（へいめんびょうしゃ）
• 田山花袋が明治末期に唱えた描写論。 作者の主観を加えず、対象物や事件の 経過の表面だけをありのままに描く小説 の手法。。
二、反自然主義文学
明治40年代に入ると、反自然主義の立 場に立つ文学作品を発表する人々が現 れた。 • 森鴎外や夏目漱石は、日本の自然主 義文学に批判的で、異なる立場をとった ため、余裕派・高踏派とも称された。 •
描写論
• 日本自然主義において、唯一の方法論 的関心は、描写論に集中していた。花袋 の「露骨なる描写」に始まり、「平面描写」 に至る描写論がもっとも著名。しかしい ずれも方法論としては至極曖昧で、結局 出来る限り私意私念を去って対象を写 すという「腹の据ゑ方」に帰着してしまう のだ、と批判されている。
近代文学史
第三講 確立期の文学
一、自然主義
• それまで欧化路線を邁進して来た日本 であるが、明治30年代に入って、国内に は急速な社会の変化による様々な矛盾 が生まれ、人々は新しい考え方を求め始 めていた。当時のヨーロッパでは、フラン ス中心に自然主義運動が起こり、人間や 社会のあるがままを描くことを文学にお いて実践したゾラ(Emile Zola)らが活躍し
永井荷風（ながいかふう1879－1959）
• 初めゾラを模倣した作品を書いて出発し たが、アメリカ・フランスに赴き、帰朝後、 耽美派の代表的作家として活躍。かたわ ら慶応大学教授に就任し、「三田文学」 を発刊主宰したが、やがて退き、江戸趣 味を基調として花柳界や陋巷を題材にし た多くの作品を書いた。 前述の他「すみ だ川」「腕くらべ」「つゆのあとさき」「濹東 綺譚」・訳詩集「珊瑚集」など。。